
こんにちは。 さかつめ整骨院鍼灸院の坂爪 慶です。
現場の先生から寄せられた実際の相談をもとに、整形外科的な視点と保存療法のアプローチの違いについて深掘りしていくシリーズの第7回をお届けします。
症状

今回の症例:70代 男性
今年の1月頃から膝の痛みを自覚し、大きな病院でMRI検査を受けたケースです。 画像所見では内側の半月板が欠損し、その下の骨にまでダメージが及んでいる状態でしたが、ご本人は意外なほど強い痛みを訴えておらず、関節の可動域もある程度保たれています。 特筆すべきは、この患者様がテニスをはじめとした運動への復帰を強く希望しているという点です。 病変は膝の内側に限局しており、外側の関節面は比較的きれいに保たれているという特徴もあります。 通常、70代でここまでの軟骨・骨損傷があれば人工膝関節置換術(TKA)が選択されることが多いのですが、今回の執刀医からは**「骨切り術(高位脛骨骨切り術/HTO)」**が提案された、という経過をたどっています。
このケースについて、同業の先生方からよくいただく3つの疑問点にお答えする形で紐解いていきます。
① なぜ70代に「人工関節」ではなく「骨切り術」が提案されたのか?

まず押さえておきたいのは、医師がこの患者様に対して下した判断の背景です。 一般的に、70代で半月板欠損・軟骨下骨の損傷を伴う変形性膝関節症では、人工膝関節置換術が第一選択になるケースが少なくありません。 それにもかかわらず今回骨切り術が提案された理由は、いくつかの条件がきれいに揃っていたからだと推測できます。
第一に、病変が内側に限局し、外側の関節面が温存されているという点です。 高位脛骨骨切り術(HTO)は、傷んでいる内側に集中していた荷重を、まだ健常な外側へ分散させることを目的とした手術です。 つまり「逃がす先」である外側が良好に保たれていることが、この術式が成立する大前提になります。
第二に、患者様自身の活動性と運動復帰への強い希望です。 人工関節は確実な除痛が期待できる一方で、深い屈曲やジャンプ、走行といった高い負荷を伴う動作には構造的な制約が残ります。 テニスのような切り返しや走行を含むスポーツへの復帰を本気で望む患者様にとって、自分自身の関節を温存できる骨切り術は、たしかに魅力的な選択肢と言えます。
医師が「目に見える骨・画像の変形」を矯正することで荷重環境そのものを作り替えようとしている、という意図は、我々施術家としても理解しておくべきポイントです。
② 「骨切り術はすぐ治る」という認識と、現実のリハビリの乖離

ここが、今回の相談で最も注意を要するテーマです。
高位脛骨骨切り術は、脛骨に意図的に切れ込みを入れ、骨の角度を変えてO脚(内反)を矯正し、外側にも荷重がかかるようにする手術です。 言い換えれば、人工的に骨折を作り、それをプレートとスクリューで固定するという、非常に侵襲の大きな手術です。 ところが今回、執刀医からは「手術すればすぐ良くなる、テニスも走ることもできるようになる」という説明がなされ、患者様とご家族(奥様)は「術後1ヶ月程度ですぐ復帰できる」と楽観的に捉えておられるとのことでした。
しかし、人工的に骨を切って固定する以上、術後のプロセスは決して平坦ではありません。 現実的な経過として、我々が想定しておくべき目安は次のようになります。
- 術後1〜2週間は免荷(患部に荷重をかけない)期間が必要となるケースが多い
- 骨癒合の状況にもよるが、1ヶ月程度の入院を要することも珍しくない
- 全荷重で歩けるようになるまでに1ヶ月〜6週間
- 普通に生活できるようになるまでに2ヶ月程度
- スポーツ復帰までは、最低でも半年はみておく必要がある
つまり、「すぐに良くなってテニスができる」という医師・患者様の認識と、切った骨が癒合し、筋力と動作を再構築していく現実の過酷なリハビリ過程との間には、相当に大きな乖離があると言わざるを得ません。 ここで施術家として危惧されるのは、楽観的な期待のままリハビリ期を迎えると、思うように進まない経過に患者様が心理的に折れてしまうリスクです。 術後の予後を左右する要因の一つに、患者様の心理状態やリハビリへの主体的な関与があることは、近年の運動器リハビリでも繰り返し指摘されているところです。 だからこそ、術前の段階で「何ヶ月かけて、どう積み上げていく手術なのか」という現実的な見通しを共有しておくことが、極めて重要になります。
そしてもう一つ、施術家ならではの視点として強調しておきたいのが、膝だけを手術しても再発のリスクは残るという点です。 膝関節は、足関節と股関節に挟まれた運動連鎖(キネティックチェーン)の中継地点です。 足首の背屈制限や、股関節の伸展・回旋可動域の低下が残ったままでは、矯正した荷重ラインに再び偏った負荷がかかり、せっかく作り替えたアライメントが崩れていく可能性があります。 膝の手術は、あくまで「土台の作り直し」であって、その上で動く全身の機能を整えなければ再発しうるという見立ては、我々施術家だからこそ提供できる視点と言えます。
③ MRI画像はどう読むか 〜「比較」と「変形の重症度と痛みは一致しない」という原則〜

患者様や同業の先生から「画像をどう見ればいいのか」と問われる機会は多いものです。 専門の読影は当然医師の領域ですが、施術家としても画像の基本的な読み方の原則を押さえておくと、患者様への説明や医師との連携がスムーズになります。
画像診断の基本は、「左右の比較」と「内側と外側の比較」にあります。 同じ条件・同じ撮像で撮影しているにもかかわらず、ある部位だけ色(輝度)が白っぽく異なって写っている場合、そこには何らかの異常が疑われます。 MRIの撮像条件によっては、水分(関節液・浮腫・骨髄の異常信号)が高信号=白っぽく写ることが多く、「左右で、あるいは内外で、明らかに見え方が違う」という所見そのものが、炎症や組織損傷を読み解く手がかりになります。 今回の症例で内側の半月板欠損や軟骨下骨のダメージが指摘されているのも、この「比較」の中で浮かび上がってきた所見と考えられます。
そして、ここが臨床上きわめて重要な原則なのですが、画像上の変形の重症度と、実際の患者様が訴える痛みの強さは、必ずしも一致しません。 変形性膝関節症の重症度評価には**ケルグレン・ローレンス分類(K-L分類)**が広く用いられますが、X線やMRI上でグレードの高い高度な変形が認められても、痛みが軽い患者様は実際に少なくありません。 今回の70代男性が、画像上は半月板欠損・骨損傷という決して軽くない所見を持ちながら、強い痛みを訴えず可動域も保たれているのは、まさにこの「画像と症状の解離」の典型例と言えます。
この原則は、我々の臨床判断に直結します。 「画像が重症だから手術が絶対」「画像で異常があるから必ず痛むはず」という単純な図式では、目の前の患者様を捉えきれないということです。 逆に言えば、画像所見が重くても症状が安定している患者様に対しては、保存的に経過を診ながら、本人の希望と生活背景を踏まえて手術のタイミングを一緒に考えていく余地があるとも言えます。
手術を選んでも、選ばなくても 〜全身を診る施術家の役割(施術家の視点)

医師がレントゲンやMRIといった目に見える構造変化を診て、骨切り術という形で荷重環境そのものを作り替えようとするのに対し、我々施術家が診るのは**「その膝を、全身がどう支え、どう動かしているか」という動的なプロセスです。 今回のケースで施術家が果たせる役割は、患者様が手術を選んだ場合・選ばなかった場合のどちらにおいても**存在します。
手術を選ばずに保存的に経過を診る場合は、足関節・股関節の可動域を整え、内側に偏った荷重を機能的に分散させることが中心になります。 内転筋・大腿四頭筋(特に内側広筋)・殿筋群のバランスを整え、痛みの出ない範囲での荷重運動を組み立てることで、画像所見が重くても症状が安定している今の状態を、できるだけ長く維持していくことが期待できます。
一方、患者様が骨切り術を選択した場合でも、施術家の関与は無駄にはなりません。 むしろ術前から足関節・股関節の動きを整えておくこと(プレハビリテーション)は、術後の回復をスムーズにする土台づくりになります。 そして術後のリハビリ期には、矯正されたアライメントを崩さないための全身の運動連鎖の再教育、過剰な恐怖回避や心理的な落ち込みへの声かけ、そして微弱電流による組織レベルの循環改善と修復支援といった形で、長い回復過程を支えていくことができます。
いずれの道を選んだとしても、「膝という一点」ではなく「膝を含む全身の動き」を診る視点が、再発予防と生活の質の維持に直結する、という点は変わりません。
まとめ

今回のケースで改めて整理したいのは、次の3点です。
第一に、70代でも条件が揃えば、人工関節ではなく骨切り術(HTO)という選択肢があり得るということ。 病変が内側に限局し外側が温存されていること、そして患者様自身が高い活動性と運動復帰の希望を持っていることが、自分の関節を温存するこの術式を支える前提になります。
第二に、骨切り術は「人工的に骨折を作って固定する」侵襲の大きな手術であり、復帰までには現実的な時間がかかるということ。 「すぐ治る」という認識と、全荷重まで1ヶ月〜6週・生活復帰まで2ヶ月・スポーツ復帰まで最低半年という現実との乖離を、術前にしっかり共有しておくことが、患者様が途中で心理的に折れないための鍵になります。 そして、膝だけを矯正しても足関節・股関節の機能が置き去りでは再発しうる、という運動連鎖の視点は、我々施術家だからこそ提供できる価値です。
第三に、画像の重症度と痛みの強さは必ずしも一致しないということ。 MRIの読影は「左右・内外の比較」と「輝度の差」を手がかりに行われますが、ケルグレン・ローレンス分類で高度と評価されても症状が軽い患者様は実在します。 画像所見だけで治療方針を一律に決めるのではなく、本人の症状・希望・生活背景を総合して、保存と手術のタイミングを一緒に考えていく姿勢が求められます。
整形外科の画像診断と手術判断を尊重しつつ、我々施術家だからこそできる**「全身の運動連鎖と心理状態まで含めて診る視点」**で、患者様が手術を選んでも選ばなくても、その方の競技復帰と日常復帰を支えていきましょう。 今回の症例が、日々の臨床の参考になれば幸いです。
【柔道整復師・鍼灸師 坂爪 慶 監修】

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