
膝の水腫と筋機能シリーズ(全3回) 第1回
こんにちは。
さかつめ整骨院鍼灸院の坂爪 慶です。
今回から『膝の水腫と筋機能』をテーマに、全3回のシリーズをお届けします。
第1回は、膝に水がたまると、なぜ太ももの内側の筋肉が真っ先に働かなくなるのか——その仕組みを、関節原性筋抑制(Arthrogenic Muscle Inhibition:AMI) という概念から整理していきます。
膝に水がたまった患者様を診ていると、太ももの内側、とりわけ内側広筋(VMO)がすとんと痩せ、力が入りにくくなっているのに気づきます。
「水がたまると内側広筋が萎縮する」という現場での経験則は、実は神経生理学的にかなりよく裏付けられた現象です。
先生方も、膝を痛めた患者様や選手で、同じ光景を何度も目にされているのではないでしょうか。
AMIとは何か

AMIは、関節内に水腫・炎症・損傷があるとき、その関節の周囲の筋(膝であれば大腿四頭筋)への運動出力が、脊髄反射のレベルで反射的に抑制される現象を指します。
関節包や靱帯にある機械受容器・侵害受容器からの求心性入力が変化し、前角のα運動ニューロンへの出力が抑えられる結果、筋が「随意的に働きにくい」状態になります。
重要なのは、これが本人の意思や努力とは無関係に起こる不随意の反射だという点です。
「もっと力を入れよう」と念じても、脊髄レベルで蛇口が絞られているため、思うように筋が働きません。
内側広筋が真っ先に抑制される

古典的なSpencerら(1984)の実験は、この現象を定量的に示した代表的な研究です。
健常者の膝関節に生理食塩水を注入して人工的に水腫をつくると、大腿四頭筋のH反射(脊髄反射を電気刺激で評価する指標)が抑制されました。
しかも注目すべきは、内側広筋がごく少量の関節液(20〜30mL程度)で最初に抑制されたのに対し、外側広筋や大腿直筋はより多くの液量を要したという点です。
つまり、四頭筋の中でも内側広筋は関節内圧の変化に最も敏感で、真っ先に「落ちる」筋だということです。
膝を痛めた選手の内側がいち早く痩せて見えるのは、気のせいでも局所的な廃用だけでもなく、こうした反射性抑制が背景にあると考えられます。
その後の研究でも、実験的な膝関節水腫が大腿四頭筋の運動ニューロンプールの興奮性を低下させること、さらには運動皮質レベルの興奮性まで変化させることが示されており、AMIが単なる末梢の問題ではなく、脊髄から皮質まで含んだ現象であることが分かってきています。
「炎症を抑えるための防御システム」なのか

現場では、AMIを「体が炎症を抑えるために、あえて筋を止めて関節を動かせなくしている防御反応だ」と説明することがあります。
方向性としては分かりやすいのですが、機序を正確に言えば、ここには注意が必要です。
AMIはあくまで求心性入力の変化による反射性・神経学的な抑制です。
抑制の結果として関節への負荷が減る側面はありますが、「炎症を鎮めるという目的のために合目的的に設計された防御機構」と目的論的に断定するのは、説明の単純化になります。
順序としても、「不安定にするために筋を止める」のではなく、「筋が抑制された結果として不安定になる」というのが、正確な流れです。
そして臨床的にはむしろ、AMIは放置すると廃用性の萎縮を長引かせる不利益として扱われます。
だからこそ、寒冷療法(クライオセラピー)やTENS(経皮的電気刺激)、早期からの四頭筋再教育といった、抑制そのものを解除する介入が研究・実践されているわけです。
「体が守ってくれている反応だから触らない」のではなく、「早期に抑制を外して筋を呼び戻す」というのが、現在のリハビリテーションの方向性です。
現場での意味

まとめると、膝の水腫による内側広筋の機能低下は、(1)AMIという脊髄反射レベルの抑制であり、(2)内側広筋は特に低い閾値で抑制を受けやすく、(3)放置すべき防御ではなく早期に解除を図るべき対象、と整理できます。
水を抜く・炎症を管理することと並行して、抑制された四頭筋をいかに早く再教育するかが、その後の膝の安定性を左右します。
我々施術家にとっては、「内側広筋が落ちている」という所見を、単なる筋力低下ではなく反射性抑制のサインとして読み取る視点が、施術の精度を高めてくれるはずです。
次回(第2回)は、この膝の水腫・内側広筋の問題が、どのように股関節(中殿筋)や動的膝外反(ニーイン)、大腿筋膜張筋の代償へと連鎖していくのかを、因果の向きに注意しながら見ていきます。
出典
- Spencer JD, Hayes KC, Alexander IJ. Knee joint effusion and quadriceps reflex inhibition in man. — https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6712434/
- A case highlighting the influence of knee joint effusion on muscle inhibition and size. Nature Reviews Rheumatology — https://www.nature.com/articles/ncprheum0709
- Effect of knee joint effusion on quadriceps and soleus motoneuron pool excitability. — https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11194097/
- Quadriceps arthrogenic muscle inhibition: the effects of experimental knee joint effusion on motor cortex excitability. — https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4271337/
- Sonnery-Cottet B, et al. Arthrogenic Muscle Inhibition Following Knee Injury or Surgery: Pathophysiology, Classification, and Treatment (2022) — https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/26350254221086295
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。
【柔道整復師・鍼灸師 坂爪 慶 監修】


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